物語のはじまりを。ファインダー越しにトルコで生きる人々を見た。

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アジアとヨーロッパと結ぶ国、トルコ。

東西に長いその国は、シルクロードも通る文化や流通の要である。

そんなトルコに、はじめて訪れた。

イスラムとキリストが共存する街で、そこにいる人々にカメラを向けてみた。

トルコの文化の中心、イスタンブル

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ただそこに人がいるだけで、絵になる風景が存在することをご存じだろうか。

これを撮ったのが有名なトプカプ宮殿という観光地だから、絵になるのか。

はたまた、歩く夫婦が、座って話す老人たちが、この絵を作っているのか。
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ベンチというものは非常におもしろい。

彼らはどんな関係なのか、何を話しているのか、どこから来たのか。

自分の中の興味が勝手にわき出ては、想像力をかきたてる。

ただ座っているだけなのに。

見る者に「あーだ、こーだ」と想像をさせるベンチという存在は、写真には欠かせない。

海外に行くと、野犬の多さに少しおどろく。

人間慣れしている彼らは、逃げることも威嚇することもせず、ただそこにいる。

その様子を写真におさめる人もいれば、何もせず通り過ぎる人もいる。

黒いフードの男性は、前者のようであった。

バスから見た通りすがりの景色

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今回の旅行の移動手段は観光バス。

バスの車窓越しに、たくさん写真を撮った。

よく見ると窓の反射やカーテンの影が写っているが、それもまた味があっていい。

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「あぁ、わたしは今海外にいるんだ」

色鮮やかな服を着ている人を見ると、そう実感する。

バスガイドさんも、ピンクのシャツに紺色のズボン、黄色のスニーカーを履いていたけれど、これがまたおしゃれであった。

とくに子供のファッションはおもしろい。

その日着る服を、本人が選んだのか、親が選んだのか。

それはさだかではないが。

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男性が4人、並んで歩いていると

「ビートルズだ」

と思うのは、わたしだけではないはず。

半ば反射的に、カメラを向けてしまうのは毎度のことである。

アビーロードの影響力は、どこまで続くのだろうか。

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どこに向かって、どこに帰るのか。

寄るものもいれば、去るものもいる。

分岐点はどこにでもあって、看板は行く先を教えてくれる。

街中と路地裏の顔

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雨上がりの街には、たくさんの人がいる。

みんな、傘を持たない。

赤い看板がやたらと目につくのは、みんな目立ちたいからなのか。

それにしても、イエローキャブを見かけるとテンションが上がるのは、日本人だからかだろうか。

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街の中心を通るトラム。

ツアー内容に含まれているからと乗ったが、

「歩いたほうが早いんじゃない?」

という友人の声に、笑いを禁じ得なかった。

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街の中心から離れると、雰囲気はがらっと変わる。

道ばたに座り、井戸端会議をする老人たち。

商売の話か、個人的な話なのか。

何にせよ、時折見える笑顔が楽しそうではあった。

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洗濯物でさえ、美しく見えるのは海外効果であろうか。

青いタオルを青い物干しに、赤いはさみで止めるセンスが、わたしには羨ましい。

奥で話している女性たちのものであろうか。

それにしても、道の真ん中に干してあって、邪魔にはならないのだろうか。

1枚の写真から、物語を

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ファインダーをのぞくと、不思議なことにどんな景色も美しく見える。

そこに人がいるだけで。

人が歩いているだけで。

話しているだけで。

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そこに住む人の日常が、写真になるだけでなぜこんなにも愛おしいものになるのか。

その人々の表情が、動きが、写真に命を吹き込む。

着飾らない等身大の姿は、生きている実感をもたらしてくれる。

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被写体を用意してポートレートを撮るよりも、こうやって気ままにカメラを構えているほうが楽しいのは、わたしだけではないだろう。

名前も知らない、住んでいる場所も言葉もわからない人々を、自分の思うままに撮る。

そうやって撮った何気ない1枚に、味を感じるのは幸せなことだ。

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1枚の写真から、物語が生まれる。

見た者の想像力をかき立てる。

そんな写真を、わたしはこれからも撮り続けていくのだろう。

トルコを旅して、そんなことを思った。

 

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